モテる男が気を遣っている賃貸マンション 新宿区
大と小を分けたうえで、大は非公然、小は公然とする習慣は何に由来するんだろうか。
おそらく、元の元までたどれば、猿が樹から下りて、サバンナで二本足歩行を始めたときだろう。
まだサバンナきっての弱虫にすぎなかったご先祖様たちは、いつもピタピタと周囲に気を配って暮らしていた。
立ったまま可能な小は、あたりを見回すこともできるし、姿勢も緊急事態への即応性に富んでいる。
ところが、大はそうはいかない。
しゃがむしかないから、草原でしゃがむと、自分はあたりを見回すことができなくなるのに、小柄でおとなしい弱虫猿をねらう肉食動物の方からは何をしてるか丸見え。
二本足の猿は、立ち上がることで嗅覚を捨て視覚の動物に育ったが、四本足の連中はあいかわらず鼻で見ているのだ。
お尻隠してニオイ隠さず。
「花を摘んでます」ではすまないのだ。
そのうえ、姿勢は緊縛状態。
意識状態もまことによろしくない。
小はあたりを意識しながら可能だが、大はそうはいかない、と思う。
他を意識し、緊張感を持ちながら可能だろうか。
気持ちを内向させ、視聴覚を閉じ、ひとまず意識を空白化しないと、出るものも出ないのではあるまいか。
あまりに個人的なことで一般性があるかどうか知らないが、私にはそう思われるのである。
姿勢は緊縛、意識はマッシロ。
これほどの危険はない。
隠さなければ、気取られないように-こういう気持ちが、やがて大の非公然性を生み出したのではあるまいか。
小と大は、本来このように区別されてしかるべきなのだ。
そして、長いこと、正しくも区別されてきた。
たとえば、昔の家の便所を思い出してほしい。
大と小の間には戸が立てられ、空間的に仕切られていたはずだし、大便器、小便器は全く別の形態のものが取り付けられていた。
私が生まれ育った江戸時代に造られた民家では、家の中のは客用で、家族は庭の隅に設置された〝一戸建て″の外便所を日頃使っていたが、小便器は外壁にムキ出しで、大だけが中にあり、小は公然、大は非公然の原則をそのまま一戸建てにしたような形式だった。
小便器にはアサガオなる『源氏物語』のように優美な名があるのに、肝心の大便器はキンカタシなどという命名の由来を説明するのも恥ずかしい露骨な名が付けられているのはなぜか、という読者の年来の疑問も小は公然、大は非公然の原則が長いこと家庭の中で守られてきたことを知るなら、自ずと氷解するだろう。
非公然なものに美しい名を付けるわけにはいくまい。
ところが、戦後になって、この長い長い伝統が、崩れてしまった。
マンションでも郊外住宅でも、そしてあなたの今住む家を振り返ってほしい。
優美なるアサガオはもう咲いていない家が大半ではあるまいか。
戦後の住宅は女性中心を旨として発達し、そのなかで、二つのものが戦前的男中心主義の遺物として、葬り去られたのだ。
ひとつは、(台所〉の項に述べたお座敷の象徴としての床柱。
そしてもうひとつが男中心、というか男しか使わないアサガオ。
床柱ほど目立たないから、戦後住宅史の中でも、論じられもせず、ひそかにアサガオは枯れた。
便所の面積に合理性を求めた結果ではなく、男専用という性格が、女性中心イデオロギーに敵視された結果だろう。
イデオロギーは微少な差異にこそ鋭く視線を注ぐことによってイデオロギーたりえているのだからしかたがない。
しかし、私は絶望していない。
大と小の区別という人類成立このかたの便所の原則は、二十一世紀には再び注目されるだろう。
といっても男の復権とかではない。
意外にもエコロジーからの要諦。
エコロジーは、製造業にリサイクルを求め始めている。
わが建築界も建設廃棄物の処理を問われている。
製造業はじめすべての「業」に求めた後、最後に人体にもリサイクルを求めるに違いない。
人体の廃棄物問題である。
糞尿のリサイクルである。
リサイクルを意識した廃棄物処理には一つの鉄則がある。
これは家庭ゴミも建設ゴミも同じで、分別すること。
ゴチャ混ぜはだめ。
廃棄過程の最初の地点で分別しなければならない。
二十一世紀の糞尿処理のテーマは糞と尿の分別にある。
分別によって初めてリサイタルが可能になる。
分別された糞は、水気が少ないから乾燥が楽で、カラカラになって臭気もべたつきもなくなれば、どうリサイクルするにせよ後の作業は難しくない。
尿は、まず自分のは自分で飲む飲尿健康法が下水道局によって奨励されると思うが、飲めない人は貯めておいて売ることになる。
それを製薬会社や化粧品メーカーが買い取り、尿の中の男性ホルモンを回収するのである。
現在は海外を中心にあちこちから苦労して集め、たとえば女性用のクリームに混ぜているが、純国産化が可能になる。
日本女性のモチ肌には原料も日本人のが合ってるのは当然だろう。
大と小は、形状的にも成分的にも共通性はない。
一つは消化器系で、一つは循環器系の産物で、似ているわけがない。
それを、出てくる口が近いのを口実に一緒にしていいはずはないだろう。
住まいや建物にかかわることで、その場にいるみんなが盛りあがる話題といえば、これはもう風呂と便所につきる。
たいていの人が、それまでの人生で一回くらいは、風呂と便所についてへンな経験や珍しい体験をしているものなのである。
それも、親しい仲間でないとちょっと口にしづらいような。
たとえば私の場合は、子供の頃、(回り揚〉というものに入ったことがある。
ことがあるなんて珍しい経験みたいに書いてしまったが、本当は三日に一ぺんは入っていたことがあるのである。
回り揚といっても回転風呂ではなくて、村の十一軒の共同風呂で、正確には共同風呂桶を三日に一ぺん各戸に回す。
ようするに、風呂桶のタライ回し。
家で御飯を食べた後、風呂だけは近所の家に行って入るのである。
七十戸の村にこういうグループがいくつかあった。
おそらく、風呂桶が高価であったのと、風呂を沸かす手間が大変だった明からだろう。
火を焚くのは問題ないとして、水道がない時代には、井戸や川から水を汲んで桶に入れるのが重労働。
貴重な燃料と水を大量に費やす風呂という施設は、都会であろうが田舎であろうが、おおかたの人々にとって共同利用しかなかった。
そして都会では銭湯が成立し、銭湯が成立するほどの人のいない田舎では状況に応じてあれこれ工夫した。
長野県諏訪郡宮川村高部の集落では、それが回り場だった。
他の集落、他の地方ではどんな工夫がなされていたのか知りたいが、残念ながら、〝高度経済成長期以前における田舎の入浴慣行調査″というものはなされていないようである。
その昔、風呂というのはごちそうだった。
近年はそうでもないが、かつては地方の旅館や友人の家に泊まりにゆくと、女中さんや友人の母が風呂をすすめる時の態度や言葉のはしばしに妙にリキが入っていたものだが、風呂が食事とならぶ二大ごちそうだった長い日本列島の歴史の名残と今にして思う。
こう書きながら、日本の銭湯が近代以前には蒸し風呂形式だったのは何故かについて、改めて考えている。
現在の銭湯は、オープンを浴槽に入るが、江戸時代を通して、蒸し風呂形式をとっていた。
洗い場の向こうに立派な作りの板の垂れ壁があって、その下方にはザクロロと呼ばれる腰の高さくらいのスキ間があいており、そこからもぐり込むようにして中に入ると、浴槽があり、またいで入る。
しかし″イイユダナ、ハハン″というわけにはゆかない。
なんせ、お湯が膝くらいしか満たされておらず、座ってもおへソが隠れるくらい。
その代わりといってはなんだが、垂れ壁のおかげで湯気は十二分にこもっている。
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